東京高等裁判所 昭和32年(う)1143号 判決
被告人 中島清
〔抄 録〕
弁護人の控訴趣意一、について。
原判決が、その理由中罪となるべき事実の十九として、所論摘録のような営利誘拐の有罪事実を認定判示していることは、所論のとおりである。所論は、刑法第二二五条にいう略取又は誘拐には、本人の意に反することがその要件であるところ、被告人の右原判示十九の所為は、相手方である女中下妻敏枝の同意のあつた行為であつて、同女の意に反することではなく、従つて営利誘拐罪を構成しないものであるから、原判決は、この点につき、事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張するにより、案ずるに、刑法第二二五条所定の営利誘拐罪は、営利の目的を以て人を誘拐することによつて成立する犯罪であつて、ここに誘拐とは、他人を欺罔(虚偽の事実をもつて相手方を錯誤に陥れること)または誘惑(欺罔の程度に至らないが、甘言をもつて相手方を動かし、その判断の適正を誤らせること)して自己の実力支配内に置くことをいい、被誘拐者は、意思能力を有し、形式的には承諾を与えることを要するものと解すべきところ、原判決の認定にかかる右原判示十九の被告人の所為は、右に説示した営利誘拐罪の構成要件を具備するものと認められる上に、原判決挙示の関係証拠を総合することによつて優にこれを肯認することができるのである。所論は、被告人の右所為は、相手方の同意があるから、誘拐罪を構成しない旨主張するけれども、誘拐罪は、むしろ、その本質上相方手の同意、承諾を当然に伴うものであるから、右の主張は、ひつきよう誘拐罪の本質を誤解したことに基ずく誤であつて、到底採用に値しない。なお、記録を精査検討してみても、原判決の右認定が誤つているとは考えられないから、原判決には、この点につき、所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものということはできない。論旨は理由がない。
(中西 山田 石井謹)